裁判 | 平成23年7月7日 最高裁判所第一小法廷 平成22(受)1784他 |
---|---|
争点 |
事業譲渡や債権譲渡が行われた場合に,それ以前に発生していた過払金を譲渡人に対して返還請求することができるかどうか。 |
結論 |
貸金業者(以下「譲渡業者」といいます。)が貸金債権を一括して他の貸金業者(以下「譲受業者」といいます。)に譲渡する旨の合意をした場合において,譲渡業者の有する資産のうち何が譲渡の対象であるかは,上記合意の内容いかんによるというべきであり,それが営業譲渡の性質を有するときであっても,借り主と譲渡業者との間の金銭消費貸借取引に係る過払い金返還債務を上記譲渡の対象に含まれる貸金債権と一体のものとして当然に承継すると解することはできない。 |
両事件とも,借主であるXが,貸金業者である株式会社A及び同社からその資産を譲り受けたYとの間の継続的な金銭消費貸借取引に係る各弁済金のうち利息制限法1条1項所定の制限を超えて利息として支払った部分を元本に充当すると過払い金が発生していると主張して返還を求める事案です。
Xは,両事件ともに,Aとの間で金銭消費貸借契約に係る基本契約を締結し,以後,継続的に金銭の貸し付けと弁済が繰り返される取引を行いました。Aは,Yとの間で,一定期日をいわゆるクロージング日(実行日)として,Aの消費者ローン事業に係る貸金債権等の資産(以下「譲渡対象資産」といいます。)を一括してYに売却する旨の契約(以下「本件譲渡契約」といいます。)を締結しました。
本件譲渡契約は,Yは,譲渡対象資産に含まれる契約に基づき生ずる義務の全てを承継する旨を定め,また,譲渡対象資産に含まれる貸金債権の発生原因たる金銭消費貸借契約条のAの義務又は債務という条項を定めています。
Xは,Yとの間で,両事件ともにクロージング日以降それぞれ新たに金銭消費貸借に係る基本契約を締結して,それぞれ継続的に金銭の貸付と弁済が繰り返される金銭消費貸借取引を行いました。
Xは,a事件について,Aの契約上の地位はYに承継され,当該取引に係る過払い金返還債務(以下「本件債務」といいます。)も承継すること,b事件について,本件債務はXとAとの間の金銭消費貸借契約取引に係る貸金債権と表裏一体のものとしてYに承継されることをそれぞれ主張しました。
最高裁は,両事件とも,貸金業者(以下「譲渡業者」といいます。)が貸金債権を一括して他の貸金業者(以下「譲受業者」といいます。)に譲渡する旨の合意をした場合において,譲渡業者の有する資産のうち何が譲渡の対象であるかは,上記合意の内容いかんによるというべきであり,それが営業譲渡の性質を有するときであっても,借主と譲渡業者との間の金銭消費貸借取引に係る過払い金返還債務を上記譲渡の対象に含まれる貸金債権と一体のものとして当然に承継すると解することはできない旨の判示をしました。
貸金業者間で貸金債権の譲渡が行われた場合,それが営業譲渡の形態をとるにせよ,債権譲渡の形態をとるにせよ,何が譲渡の対象となるかは,貸金業者間の合意によって定まるものであり,借主に対する過払い金返還債務が承継されるかどうかも合意の内容によって定まるとの見方を示しているものといえます。
従来,貸金業者間で営業譲渡(現在の会社法制下では「事業譲渡」と呼ばれます。),債権譲渡があった場合,借主に対する過払い金返還債務の承継について下級審の判断が分かれ,最高裁の判断が待たれていました。
結局,最高裁判所は,営業譲渡と債権譲渡とを特段区別することなく,過払い金返還債務が承継されるかどうかという問題について,契約時の貸金業者間の合意内容によって定まると判示したのです。
しかし,貸金業者間で営業譲渡・債権譲渡があった場合,譲受人において進んで貸金業者の過払い金返還債務を承継する内容の合意をすることは考え難く,それにもかかわらず借主は既に発生した過払い金については資力のない(場合によっては清算に向かっていく)譲渡人に対してしか請求するしか手段が残されていないこととなるのであれば,貸金業者は容易に事業譲渡の手法により過払金返還義務を免れることができることとなってしまいます。そのため,本最高裁判決が出された以降であっても,貸金業者間の営業譲渡・債権譲渡に際してクロージング日以前の過払い金返還債務を承継しないとの合意がなされている場合,事案によっては,当該合意の内容を形式的に判断するのではなく実質的に吸収合併に近い性質の事業譲渡ではないのか等事業譲渡の内容を詳細に検討して契約上の地位を承継している可能性を主張し,あるいはそのような合意自体借主の過払い金返還請求権を不当に制約する信義則に反する無効な合意であると主張して合意の効力自体を争う必要があるものと考えられます。
なお,本件に関連する判例として平成23年9月30日第二小法廷判決(最高裁平成23(受)516)があります。この判決では,プロミスがクラヴィスと借主との取引を引き継ぐために行った「切替契約」によって,クラヴィスと借主との間で発生した過払金をプロミスが承継するかが争われ,結果としてクラヴィスとの取引で発生した過払金の返還義務をプロミスが引き継ぐとの結論が下されました。
詳細はプロミスの過払い請求・任意整理(クラヴィスからの切替契約)をご参照下さい。